普段考えていること(教育者編)

    日本の教育を考えるとき、どうしても悲観的になりがちだ。それもそう、大体の書籍は「日本の教育を改めよ!」のような啓発書が多いからだ。

    僕自身、色々と教育についての本を読んだりするし、それで色々思う面がある。

    例えば、日本の教育を考える時に何を基準にするか。生徒視点の政策を打つか、先生の立場で考えるか、はたまた日本の将来を見据えるか。

    今問題視されていることをあげるとするなら、教師の仕事のブラック化、ブラック部活、詰め込み型授業の見直しだろうか。(もっとあるだろうが、教育者ではないゆえ把握しきれない)

    教師の仕事のブラック化については、色々な視点があるが、中々に深刻な問題だと思っている。

    なぜなら、技術をもってすれば解決するようなことばかりだからだ。

    教師のブラック化問題は、単純にタスクが多いことに理由がある。

    タスクというくらいだから、僕は人工知能が解決してくれると思っているのだが違うのだろうか。

    名簿の作成とかテストの採点とか、そういった単純作業は確実にAIが代用可能であり、教師のすることはAIのちょっとしたミスを管理、確認するだけである。

    会議もSkypeで十分になりうるなど、技術がブラック化を解決させてくれると思っているのだが、どうなのだろう。

    また、ブラック部活問題は正直どうしようもない問題なので、今最適な解決法が「解雇」なのだ。(この「解雇」も、今の日本ではしづらく、解雇させた学校というレッテルがどうしてもはられてしまうのがなんとも)

    この問題は、教師と生徒、そして保護者の意識、考え方の問題なので、そこをこねくり回すしかない。

    第2の解決法として、今の学生にブラック部活を反対化させるような教育方針をたてるという方法もある。時間はかかるが、1番平和的な解決法だろう。

    詰め込み型授業に関していえば、「その授業は戦前には役に立ったよね?」の一言だ。

    実際にそれを解決させる政治的な動きとして入試改革を企てて実行してる訳だが、いずれ根本から変えるという動きがないと日本は教育面でも他の先進国に劣ってしまう。

    「入試改革」とは言いながら、5教科を学ぶこと、そしてそれが入試の中心を取ることは変わっていない。一般的な国公立大学でも、例えば教育学部なら「心理学」、情報系なら「プログラミング」など、5教科に縛られない教育をやる。その方が国公立大学の強みを活かせるのではなかろうか。

    ただ、日本の教育が全て悪いなどと思ってはいない。日本人の識字率を見れば、教養の根となる知識を蓄えさせるのはとてもうまいように見える。

    その識字率の高さ、根っこの構築のうまさをどこでどう使うか、これをもっと考えれば良いのである。

    それが「アクティブラーニング」だったり「クリエイティビティ」の構築に繋がっていく話になっていくのだが、キリがないのでこの辺で。